プロントサウルスは何故大きいのか
腸内は『巨大な細菌牧場』 農村公園もそろそろ刈り入れの季節です。“キヌヒカリ”の稲穂が輝き、畔には私の仲間の、傘お化けやら、CDお化け、カラスお化け、色とりどりの“かかしお化け”で賑わっています。
林をわたる風は心地よく、南西斜面を登って行くと、林業試験場の裏手にでます。垣根沿いに西へ下ったところは牛舎の裏の小さな崖。“牛舎”からたくさんの小牛が近づいてきて、珍しそうに私を見上げています。辺りは牛のうんちと清秋の豊かな香りでいっぱいです。
牧草を食べている草食動物の牛や馬は、何ゆえ見事な体格をしているのでしょうか。一億四千年前に栄えた草食恐竜のプロントサウルスも肉食のアロサウルスより大 きい身体をもっています。その秘密は草の栄養成分にあるのでしょうか。
牧草には、骨格をつくるカルシウムやリンを始め筋肉や脂肪をつくるアミノ酸や糖が含まれています。しかし骨をつくるための必須成分、ビタミンDは全く含まれていません。
牧草は、その細胞が食物繊維と呼ばれる難消化性のセルロース(糖のプラスチック)から構成されているので消化が悪く、嵩(かさ)が大きい割には水分が多く、 水分を蒸発させると100g当りの固形分が 2~3gしかなく、代謝活動に必要なエネルギーをまかなうには、良い食べ物とは言い難いものです。
しかし、その難点が結果的に栄養成分の“消化吸収率”を高めたと考えられるのです。動物たちは日光浴が大好きです。日光に含まれる紫外線の力によって皮膚内部のコレステロールからビタミンDが合成されます。
またエネルギー源の糖分を得るため、よく咀嚼(そしゃく)しなければなりません。四六時中食べ、食べていない時も胃から もどして口を動かし、消化酵素の 助けをかりながら時間をかけて良く噛みしめ、硬い繊維細胞を噛み砕いて糊状にして栄養成分を抽出していたのです。
腸内に生息する何千兆という、途方もない数の細菌たちのために、消化の良い食事を作っていたのです。“巨大な体格”を獲得できた理由は、その細菌の働き,発酵消化作用で効率的に栄養素を吸収できたからではないでしょうか。
草食動物と肉食動物の違いは、体内の消化器官の働きよりも、腸内という巨大な牧場に生息する細菌の種類とその数に関係があると考えられます。
豊かな“糞”から見えてくる、牛の腸内には、約1000種類、9000兆以上の細菌が生息し、人や肉食動物の持つ“腸内細菌”の種類で10倍、数で90倍以上も生息しているのです。
動物や人の生命は、“自分の個体”と腸内に生息する“細菌”との“共生的関係”によって構築され、役割を二分して生命を維持しているのです。
その根拠は、例えば肝臓の役割は、代謝作用が酸化反応や生合成を主体としているのに、腸内細菌による代謝作用は還元反応や加水分解反応を主体とした、異なる働きにあるからです。
腸内細菌のだす酵素は種類や“酵素活性”においても臓器に占める酵素よりも、遥かに大きい存在なのです。
胃で消化された食物は小腸の“細菌牧場”に送られ細菌の大切な食事となります。細菌たちは、それぞれ居心地のよい場所に定住し、自らの役割を果たしています。ビフズス菌など、乳酸菌の“善玉菌”はさらに食物の分解を進め、栄養成分の吸収を促進するのです。
大腸ではクロストリジュームなどの“悪玉菌”は、脂肪酸や粘膜炎症物質、ニトロソアミンなどの発癌物質を生成させ、アンモニア、メタン、硫化水素などの有害ガスも生成します。
しかし、色々な種類の牧草や干し草と、豊かな食物繊維とかかわることで、脂肪酸は腸管粘膜を保護する皮膜物質や腸壁の潤滑剤となり、有毒物質や有害ガスは、排便を促す腸の“蠕動運動”を誘発する促進物質に変換されるのです。
有害ガスは腸の蠕動(ぜんどう)により便に均一に混合されてガス溜まりを解消させ、腹痛をなくして便の嵩(かさ)を膨らまし、ガスで多孔質となった便は、腸の内圧を低下させて大腸憩室(だいちょうけいしつ)などの病気の発生を予防しながら便の滞留を防ぎ、腸の負担を軽減させて排便を容易にするのです。
直径、12,700km、“命の光を放つ限りある小さな水の惑星”、その“有機的自然界”に位置づけされた動物も人間も、“腸内細菌”の働きにより生存が保証(担保)されていると言っても過言ではありません。
細菌の役割は元気に生きることにあり、“宿主”と共に健全な生命活動を維持することにつながるのです。
それゆえ、私達は腸内の“細菌牧場”を豊かに育てる重大な責任をまかされているのです。食生活を始め、生活全般の行為は腸内細菌にとって有益にも有害にも作用し、発癌物質や老化促進物質の生成につながるのです。
暴飲暴食、ダイエット、精神的ストレスは直接、間接的に腸内細菌のストレスとなり、“細菌牧場”を混乱させてお腹を痛め、多くの細菌を死に至らしめるのです。その結果、取り返えすことのできない負債となって返ることになります。
終わり
株式会社ライラック研究所
研究所長 工学博士 平岩 節(たかし)